アラフォー賢者の気ままな引き寄せライフ~第四密度行ったら本気だす~

気ままにスピ雑談、多少は人が見て勉強になりそうなことを書いていく

10.11メモ一、さやかは何も知らないし何も考えてないぞ

さ「何をやってもいいけど、愛がないと崩壊する(前回の話)。

というのは、社会的に崩壊する、ということ。

 

さ「元々は『甘え』という感性しかないのに、勝手に『愛』という言い方にした。」

 

さ「感性と完成は同じ。」

ダジャレだけど、本当にそう。

さ「何か〜という感じがするとあなたが思ったならば、それがあなたの世界で完成してしまう。」

例えば、何か私はヒーリングができそうな感じがすると思ったならば、あなたはできる。

さ「役割・役目・我が名において、何か〜だという感性。」

「役割・役目・我が名」とは、ヨガっぽい用語で言えば、大我に対する所の小我、個我のこと、または自我。

もう少し突っ込んで言うと、さやかの立場、つまりそもそも私とか他者とかはないという立場からは、個我というのは世界の操り人形に過ぎないのに私が自由意志で何かをしている感じがしているだけである。

言い換えれば、私が自由意志でしている行動は、世界がその人形にあてがった役割・役目と言えるだろう。

「役割・役目・我が名」という言い方にはこのようなニュアンスが入っている。

さ「本性としては、そんなものはない。」

本来は個我なんてものはない

さ「名が無いならば、形がないだろう。」

私という存在感があるのは、言葉を使って、自分の名というものを持ってるから。

私という存在感があって、初めて形=時空と物質がある、とさやかは言ってる。

唯物論者にとっては意味不明だろうね。

 

さ「私達は何も考えてないし、何も知らないんですよ

こういうことを言っちゃうチャネリングがさやかだけどね。

凡そ個我というのは世界に操られているだけという立場からすれば、誰もが何も考えてないし何も知らない。

しゃべっていることは、世界が自分の口を勝手に動かしているだけのこと。

さやか(という名の個我)に関して言えば、もっと複雑なことになるが、それは下記を見よ。

さ「形のない者が、話すという形をとることは、本来は無理

「さやか」という名前は、さやかによれば、「咲かない役割の形」、略して「さやか」なのだそうだ。

「咲かない」とはさやか用語で、時空が展開していない、時空がないの意味。

役割とはさやか用語で、我が名、個我の意味である。

「咲かない役割の形」とは私的に訳せば、「時空がない立場の個我の形」って感じかな。

でも、時空があって形があるから個我というのがあるんだよ、それがないのに個我があるというのは本来おかしい。

ということで、さやかという名においてしゃべっていながら、時空はないし自分も他者もないと主張するこのチャネリングは、本来無理であり、それ自体で矛盾している。

・・・のだけど、そういう形にしないと、伝えようがないということで、さやかは自分で自分のことを便宜上の存在と言ったりする。