アラフォー賢者の気ままな引き寄せライフ~第四密度行ったら本気だす~

気ままにスピ雑談、多少は人が見て勉強になりそうなことを書いていく

スワルウ、銀河連邦-いい人? 彼らの地球の管理その一

Swaruu

スワルウは最終的全体的には嘘情報だと思っているが、ちょっと面白い観点もあるので取り上げてみようか

前にも言ったが、嘘情報としてこんなに手の混んだものは見たことがない

偽情報というのは、得てして、まともな情報の細かい部分にツイストをかけて本来の意味を台無しにする

ネサラだのメドベッドだの、一目で分かるような低いレベルの嘘情報とは訳が違う

そこらへんを鑑賞するのも一興かもしれない

 

Swaruu X:連邦は非常に大きいので、地球をせいぜい小さな問題としか見なすことができず、問題すら見ることができません。地球の内側からは、人間として、問題は明白で大きく、あらゆる点で圧倒的で破壊的です。問題は、地球の外から、彼らはそこにいる人々を他の人々のアバター、5Dの人々の3Dアバターとして見ているということです。

一応連邦と訳したが、原文federationであり、連合と訳してもOKな単語

したがって、彼らにとって、タイゲタン(プレアデスのタイゲタ、この通信は彼らからのもの)、あなたと私、他に何が起こっているのかについて怒鳴る人は、戦争を戦い、明らかに苦しんでいるビデオゲームのキャラクターの権利のために戦っている人に似ています。悲しいことに、彼らは問題を認識していません。それ自体が「悪」であるというわけではありません。地球の外からの理解が人間に比べて非常に広がっているので、彼らは人間を理解することができないだけです。

5Dの人ってのは、まあ、よく言われる所の「魂」みたいに考えていいだろう

地球で生きているエゴは、魂の使っている、地球ゲームのアバターというわけだ

それで、あなたが彼らに、連邦のメンバーに、人間が苦しんでいると言うならば、彼らは言うでしょう:「私は知っています、しかし彼らは(地球ゲーム)乗りこむことに申し込んだ」。彼らは、地球上で生き、転生することを、性格のテストとして見ています。彼らは苦しみを悪とは見ていません。あなたが欲望の道から外れたときに起こる何かとしてのみ見ています。あなたは人生経験と道としてあなたが望むものと一致していないのであなたは苦しんでいます。したがって、そのような苦しみはゲームの一部にすぎません。

性格のテストってのは、魂を磨くため、人格を磨くため、人格的に成長するため、魂の成長のため、という話だ

これはスピでよく使われる論法だよ

チャネリング存在に「地球があーだこーだでとても苦しい!」と訴えると、「まあ、それも魂の学びなんだよ。どんなに苦しくても、肉体次元は幻想に過ぎない。最終的に死んでも、魂は不死身だし。苦しみは魂にとっては一時的なものに過ぎない(から、お前の苦しみなんぞどーでもいい)」という答えが返ってくるのは、割と普通

こういう答えは、苦しんでいる本人にとっては何の助けにもならない、という指摘はまさにその通り

 

Swaruu X:連邦にとって、地球は完全にその法的枠組みの範囲内にあります。ここでの問題は、連邦が単一のレベル内の単一のブロックではなく、ぐらついた方法で、エリアだけでなく、これらの各レベルの管轄内の密度も増加していることです。その密度の上昇は、そのメンバーの存在、彼らが現実を理解しているものの認識に変化を引き起こします。そして、これは必然的に彼らの倫理に変化をもたらします。なぜなら、倫理は各人の現実の認識と意識レベルに取り返しのつかないほど関連しているからです。 (私はそれを制御し構成するメンバーの意識レベルを意味します)。

低いレベルから非道徳的に見えることが、高いレベルからは道徳的に見えるということ

例えば、ワクチン打って死んだ人が居て、低いレベルからは「騙された殺された、なんてひどいことだ」となるのが、高いレベルからは「自分で物事を調査して自分で考えることの大切さを学ぶためのいい経験ができて良かったね」となるかもしれない

連邦は良い存在ではない、と見ているのがこの情報源のユニークな所

したがって、これらのより高いレベルのメンバーのより拡張された視点から、地球は人々(それらを魂と呼びますが、それほど単純ではありません)が自己責任で入る自己完結型の場所または領域として認識されます。

彼らは、地球の目的を拡大の場、個人の現実を制御することを学ぶこと、それらの「魂」が属する個人的および集合意識の拡大の場所と見なし、最終的には元のソースの全体の拡大を支持します。

より高いまたは拡大された領域、密度および意識におけるそれらの人々のほぼ一時的な位置からは、約80年の間苦しんでいると知覚する人の魂の化身の間に地球上で起こることは、時間の単純なため息、すべての人にとって豊かな体験として見られます。

同じようなこととして、地球上の心理学者が生後1か月の赤ちゃんに火のともったろうそくを差し出し、赤ちゃんが火に触れようとすると、わずかに火がつきます。心理学者はそれを赤ちゃんのための学習と見なしています。火傷は深刻ではないため、強い損傷が発生する前に赤ちゃんの脊髄反射が小さな手を引っ込めるので、数分で過ぎ去ります。これは、赤ちゃんの神経系が発達段階に応じてどの程度うまく機能しているかをテストするためにも使用されます。

それらのより高い密度から、地球での苦しみの経験は同じ価値を持っています。学習、拡張。倫理と道徳の価値は、意識の拡大とともに大きく変化します。したがって、あるレベルで倫理的であるものは、別のレベルからは倫理的ではありません。これは、Yázhiと私が観察した避けられない事実です。

これは、意識のより拡大された位置からは、何度も手段が終わりの正当な理由となることを意味します。つまり、地球上で非倫理的と見なされる可能性のある、意図的に誘発させる状況やイベントは、これらの非倫理的なイベントが引き起こすポジティブな最終結果の正当な理由となるということです。これは非常に重要なポイントです。

赤ちゃんに火のともったろうそくを差し出すことは虐待的で非倫理的な手段のように見えるが、それで火の危険を学習できたならば良いことだ、みたいな話

上記の点は、一人一人の意識レベルに応じて倫理が変化するため、ある程度の拡大を遂げている人によく見られます。

しかし、別のポイントは、地球のようなより低い倫理的枠組みに上からの倫理的視点または枠組みを、ある観点から、または別の観点から、課すことは、「優れた」位置が、3D地球という低い位置にいる人の苦しみの状況や経験を、それが確かにそうであるとき、それが本物ではないかのように、無視または軽視することになります。

これは筋が完璧に通るのではないかな

だから私の側のより個人的なコメントとして。私の立場からすると、それが何であれ、ハイ、ある状況や別の状況では、手段が何であれ、ポジティブな結末の正当な理由となることは有効だと思います。そのポジティブな結果が最大的にまたは決定的に重要である限り、それは起こります。しかし、私はまた、これが「下」の位置からどれほど不公平であるかを見ることができます。なぜなら、そもそも、なぜそうなるのかが無視されているからです。

したがって、地球の法的枠組みは、いわゆる5Dの他の部分と同じであり、5Dは、いわゆる物理的な世界で経験を積んでいる文化間の空間における平均的な存在密度です。

大体の情報源では宇宙は1〜7密度densityという分け方だが、スワルウでは1〜10密度という分け方である

それは彼らが地球を封じ込められた場所として見ているということだけです。そして彼らが詳細にそして内部で起こるすべてを導くことができます。 そして、それはそれがどのようであるかです。 すべてがそこで詳細にガイドされ、操作されます。 そのため、3D経験領域を完全に終わらせるため、完全な核戦争などはあり得ないと何度も説明しました。 しかし、そう、許されるのは、第二次世界大戦レベルでの多かれ少なかれ局地的な紛争または戦争であり、特定の人口または惑星の総人口に対する根絶の議題もあり得ます。

私見では、ここらへんが嘘混ぜてきてるかなって感じ

銀河連邦が3D経験領域を完全に管理している、ってのがね

だからこそ、連邦は最終的に地球上で起こるすべてを支配していると私たちは言うのです。 邪悪な立場からではなく、地球内の住民の権利を維持するため、そこに転生するという観点からは人間のそれとは異なる、法的および倫理的理解の枠組みから見た立場からです。

「局地的な紛争または戦争、特定の人口または惑星の総人口に対する根絶の議題」ってのは、学びとしての価値のある経験であるが、「完全な核戦争など」は3D経験領域を完全に終わらせるため価値がない、というリクツなんだろう

しかし、3D経験領域を完全に終わらせるイベントを引き起こしてしまった、ってのも学びとしての価値があるんじゃないのかい?

別に、3D経験領域をふっ飛ばしても、魂は屁でもないだろう

また、新しい3D経験領域を作ればいいじゃんね?

私の信じている説では、「完全な核戦争など」の3D経験領域を完全に終わらせるイベントがあり得ないのは、人類は悪宇宙人にとっての家畜であり資源であるので、それらを消し飛ばすことは悪宇宙人の利益に反するからである

3D経験領域は基本的に悪宇宙人の管理下にある

Yazhi:連邦とは地球上にいないほぼすべての人を意味するという事実は、私が上で説明したように、問題を見る道徳的および倫理的な方法の異なるセットの下での苦しみを無視します。人間の問題や苦しみは、軽く、一時的で、封じ込められ、自傷行為であるなどと見なされます。また、そこにいる人間が苦しんでいるという事実、彼らがどのように扱われるかに同意しないことを無視し、それによって引き起こされる副作用の長いリストを引き起こします。

たとえば、倫理的な問題のように、単純にばかげていると無視する人もいます。メイソンを救うことについて話し合うために市議会の会議に行くように。 (メイソンは、ビデオゲームシリーズのメインプレイヤープレイ可能なキャラクターです)。つまり、メイソンを「本物の」人物とさえ見なしていないということです。メイソンになるためにプレーしているのは、ゲームでメイソンを拷問するのを防ぐために対処する必要がある人です(これは戦争ゲームです)。メイソンと話をしたり、仮想ベトナムと何度も戦うことから彼に話をしたりするためにゲームに参加することを真に考えている人は誰もいません。あなたはビデオゲームのキャラクターではなく、プレイヤーと話しに行きます。これは、連邦が人間に関して持っている一種の考え方です。

魂が本物であって、エゴはアバター、ゲームの中のキャラクターなので、エゴと話をする必要など無い、という考え方