アラフォー賢者の気ままな引き寄せライフ~第四密度行ったら本気だす~

気ままにスピ雑談、多少は人が見て勉強になりそうなことを書いていく

ヒーローが必要なのに・・・ヒーローはどこにいる?そのニ

彼が911のときに座っていたように、座っていてはいけない。立ち上がって狂気を止めよう。

では、われわれにできることは? 何よりも必要不可欠なことは、気付くことである。多くの人は気付いていないからだ。 気付かない限り、何も始まらない。人々が気付けば、今のままということはありえない。多くの人々は、「肉体意識」にとどまっており、本当の意味で気付いていないし、個人という虚妄、集団という虚妄(その殆どは自己欺瞞である)の領域を超越した、意識状態に達していない。

人生の本質や陰謀のことを一般人よりも多少知っているというだけで、目覚めた人間だと思っている人がいる。しかし、これらの人々は、むしろ「肉体意識」が強いだけで、本当に目覚めた者ではない。啓蒙思想と同じ仮面をかぶった知性に過ぎない。

それは、迷妄と、ものごとに対する態度を、以前に信じていた体系から、別の新しいものに、乗り換えるだけなのだ。その証拠に、陰謀解明論者たちの中には、世界が直面している問題について少なくともある程度は理解しているはずなのに、他の研究者のことをけなすことばかりに熱中している人が大勢いる。

ニューエイジの精神構造の中にも同じことが見出せるし、自分たちはニューエイジでないと思っているが、実はニューエイジに他ならない人々にも同じことがいえる。彼らは、世界平和だけを希求する愛と光の天使であると自認し、啓蒙されていない人々に対して優越感を抱いている。しかし、実際の行動を見ると、愛と平和以外の何ものかであり、それに目を伏せるために認知的不協和を活用している。

「愛と光」だのネットでいつも言ってる奴が、実際にはそこら辺の一般人より攻撃的な性格してたりするケースは結構ある、と思う

 

肉体は経験するための道具であり、私ではない。このことに気付けば、結果を恐れる気持ちは消え去る。これは、このバカバカしい状態を終わらせるためには必要不可欠なことだ。どうして正しいと思うことをやらないのかと人に聞いてみると、だいたいの人は、正しいことをやった結果起きることを恐れている。正直な人ならそう言う。認知的不協和の人は別の言い訳を考えるだろう。

デーヴィッド・アイクと呼ばれる人格は、私が今やっていることにとって、この現実の中で存在するための乗り物であり、幻想を経験するための手段であるという以外、特段の意味を持たない。私は、本当の私は、元サッカー選手で、テレビのプレゼンターで、緑の党代表で、国民の嘲笑の的で、その男は、二度結婚したが今はひとり暮らしだ。

彼は私の経験したものであり、私の乗り物であるが、私ではない。本当の私は、肉体も形もない、ただ存在するだけの、無窮無限の意識である。私は無名の力である。それが私の全てであり、過去も未来もそうである。そして、あなたもそうである。

私はもう、イングランドのレスター出身の男を装って、自分を騙して生きることはしない。私は、あらゆるところからやって来て、あらゆるところに遍在している。そして、どこにもいない。

すごいね

アイクは悟ってるんだね

悟ってたら、「宇宙に正しいも間違いもない」とか、「この世は苦しみで満ちているが、最終的にはそれは幻想でありゲームでしかない(から、どう行動するかはどうでもよい)」とかという結論に至りそうなものだが

 

今日、デーヴィッド・アイクという男が私を肉体意識に引き込んだとき、私は彼のことを認識した。私は現実に対して反応する拠点が彼であることを認識した。しかし、私は彼ではない。彼は道具に過ぎず、私は彼とうまく付き合っているし、以前よりも今のほうがうまくいっている。しかし、彼は私ではない。あなたと同様、私は全てという意味では彼も私の一部かもしれないが、私ではない。

このようにして、われわれは誰なのかという観点でこの「世界」を観察すれば、われわれが正しいと知っていることをすることは、考えるまでもないことである。簡単に楽々とできることなのだ。でも、そんなことして大丈夫だろうか? 気にしない。

死ぬかも? 大変だ、早く逃げろ!

だが、落ち着こう。私は死ぬことはできない。デーヴィッド・アイクという肉体を置いていくことができるだけで、いずれにしてもいつかはそうすることになる。彼の関節炎には、本当に悩まされている。しかも他のいたるところにまで出始めている。だけど、問題ない。

みんな私のことをひどく言うかもしれないって? 困ったね、早く黙らせろ!

しかし、待てよ、だから何だ? 私は最上級の罵詈雑言を浴びてきたけれども、過去に私のことを馬鹿にして罵倒した人たちの多くが今は私に同意しつつあり、私はまだここに残っている。

ここらへんに関しては、大したものだと思う

どうしてそんなことが可能なのだろうか? 暴言も中傷も、その本質は無意味だとみなすことによって可能となったのだ。

それでは意味あることとは何か? 自分が正しいと知っていることをやることだ。それ以外はすべてわき道だ。

人々が目覚めて、肉体意識のソフトウェア・プログラム(私にはできない、できなかった、私には力ががない、小さな私に何ができる?)を覆すことができれば、あなたがやるべきことをするために、あなたがいなければならない場所に、あなたを連れて行ってくれる流れが開かれる。

何をすることができるのかを人から教えてもらう必要はない。何ができるかは自分で分かっているはずだ。そして、それをするのか、肉体意識がブルブル震える手でハンドルを握り続けることを許すのかの選択である。

本当に目覚めた人々は、正しいと知っていることをやるので、常に「ヒーロー」として人類に認められ続ける。しかし、彼らは実はヒーローではなく、ただ単に目覚めているだけであり、真の自己認識に到達しているだけなのである。

悟ってる人は正しいことをしてヒーローになる、って発想は初めて聞いたかもなあ

大体、悟ってる人は普通の人以上に何もしない、というのが私のイメージだな

 

さてさて、本当のアイクは無窮無限の意識だそうだが、それならば、陰謀を企む悪者も、それに苦しむ人々も、本当は無窮無限の意識なのではないだろうか?

無窮無限の意識に苦しみなどあるのだろうか?

無いはずだ

となれば、解決すべき問題はあるのだろうか?

無いはずだ

というわけで、陰謀の問題も、それに関する苦しみも、本当は無いはずだよね

アイクの言ってることが有意味になるためには、アイクのみが無窮無限の意識の現れである特別な存在であり、その他の苦しんでいる大衆は無窮無限の意識の現れではない普通の人間の凡庸な意識の現れである必要がある

 

思うに、アイクのやってることは、中途半端にスピリチュアル教義を切り抜いてきて、他人を扇動する屁理屈を捏ねているだけだ

陰謀を暴くための勉強には相当意欲があるのだろうが、スピリチュアル関係は余り勉強する気がないらしい

その割に他人に対して、そういうのを前面に出してくるとなると・・・

あまり感心しない態度だな

 

「奇跡のコース」を見てみなよ

この世の苦しみは幻想でしか無い、その幻想を消すために許して、許して、許しまくれ!

こっちの方が、「皆で団結してサイコパスに立ち向かおう(本当の自分は無限無窮の意識なのに)」なんてのより論理的一貫性がある